江戸時代、幕府の献上品とされた歴史ある染物「高砂染」

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江戸時代、幕府の献上品とされた歴史ある染物「高砂染」

高砂染とは

高砂染は江戸時代から昭和の初めまで、高砂や姫路を中心とした西播磨の地域で染められていたもので、主に松影の模様を型染で染め出したことから松影染とも呼ばれる。高砂染はその名の通り、高砂にある相生の松をイメージした柄を黒または藍の色で影絵のように染め出している。

と ころで相生の松というのは、一つの根元から二本の幹が寄り添って生え出た松のことで、夫婦が深い契りで結ばれ、ともに長生きすることの象徴ともなってい る。この相生の松は高砂の松が殊に有名で、能や謡曲でよく知られるものであり、吉祥文様として各種の工芸品にしばしば用いられるものである。ただし、高砂 染はこの相生の松をそのまま絵画的に絵柄として取り入れるのではなく、松の枝が網目のように張りめぐらされた図柄にしたり、松葉を一面に敷きつめた柄にし たり抽象的な中型、小紋柄に仕上げている点が特徴である。

高砂染はそのデザインだけでなく、染め方にも独自のものが見られる。

喜多川守貞が幕末に著した『守貞漫稿』巻之十九(1)に、

高 砂染 播ノ姫路等ニテ製之、縮緬及紬、絹、木綿モ有之、二重形染ニテ色無定、濃淡二染、或ハ、別色ノ濃淡モアリ、松二因アル形、 或ハ尾上鐘ノ紋ヲ種々に 摸染ス、蓋二重形ノ中二、松葉等種々小點ヲ列ネ描キ、二重トモニ形二除之、故ニ濃淡二色ト、小點ノ模様、白ニテ三色トナル。

とある。ここに も書かれている通り、型紙を二枚用いて糊防染し藍や鼠、薄紅などに染める。次に、先程の防染糊を落とさずに、そのまま二枚目の型紙を置いて、主に松枝の模 様を糊置きし、黒色に引き染めする。いわゆる二枚の型を用いた二重型染であるが、一度目に置いた糊を洗い流さずに、二枚目の型を置くところが特徴である。 ただし、今残っている高砂染の実物資料の中には、二枚型を用いていないものも見られる。その場合はたいてい藍一色で、浴衣や手拭いなどに用いられたものと 見られる。

『守貞漫稿』では、生地は縮緬、紬、絹、木綿があげられているが、現存するもののほとんどは木綿で、麻地や絹地のものもわずかにある。

18 世紀半ばに姫路藩の進物に用いられた高級品として活躍した高砂染は、藩の保護の下、江戸、大坂等への輸出も行われ、姫路藩の国産品として名声を高めた。明 治になって藩の保護を離れてからは民間向けに木綿を中心とした製品となり、型も二枚型を省略して一枚型が現れた。そして、大正時代になると型紙を伊勢に発 注する手間を省略してコストの削減を図るため絞りへと転換していき、絞りの全盛期を迎えた。こうして高砂染は昭和初期に実質的に消滅したと考えられるので ある。

『姫路美術工芸館紀要3』より (下)

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姫路市書写の里 美術工芸館蔵品 (下)
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姫路市書写の里 美術工芸館蔵品 (下)

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姫路市書写の里 美術工芸館蔵品 (下)

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高砂染を通した活動

高砂物産協会では、江戸時代の高砂染の文化を地場産業として復活するのではなく、高砂染の特徴の一つである柄や二枚型で見られる模様などを表現方法を変えることで皆様に知ってもらい、高砂染を知るきっかけづくりが出来ればと思います。

そして新しい試みとして2010年5月〜2011年3月には「新!高砂染をはじめよう!」という事業を展開しました。

現在残っている高砂染の図柄集を見ても、献上物として染められた高砂染の柄も時代とともに庶民に広がり、身近な模様をモチーフとした柄へと変化していき、手間のかかる二色染も、藍染などの一色で表現されるようになっていったのがよくわかります。

今回は高砂地域で高砂染を広める活動をしている「あいの会」の皆様の協力を得て、高砂染の歴史を一から学び、現代の高砂染ということで高砂にちなんだ柄を提案し、藍で染めることからはじめてみました。

高砂染めをはじめよう

活動をまとめた記事はこちらからhttp://takasagozome.jugem.jp/

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